LGBT等について

Paper1
␣先ず大前提として自分(著者)は性的マイノリティの中の1つ”バイセクシュアル”だと言う事を知ってもらった上でこの話を読んで欲しい。

␣自分がして来た経験談、つまりは自分語りと言うものをしよう。自分は高校1年の時に親や教師に内緒でとある画塾の資材調達係のバイトをしていた、理由は単に遊ぶ金が欲しかったからだ。
資材調達係、と言うのは画材屋から画材を調達する事と各教室で足りなくなった材料をそれら(調達した画材)がしまってある倉庫から補充する事を名目とした仕事だ。当然そんな仕事だから様々な教室に出入りするわけである。ある日、自分はいつもの様に仕事をしており教室に出入りしていた、そんな中自分が入った教室の中に居る生徒の中に少し気になる子が居た、髪は少し長めでサラッとしていて容姿も綺麗だった。その時の自分の内心は「へぇ、綺麗な”女の子”だな。」だった
␣ソレから数日が経ち、仕事に慣れ卒無くこなせるようになっていた。画塾の授業が終わり生徒達は帰り、教室には居残りや自習の生徒がぽつぽつ居るくらい(夕方だったかな?)の時間に自分はまた材料補充の仕事をしに画材を持って教室に入った。その時、その教室に残っていたのは自分が前に気になっていた子と作業していた僕の2人だけだった、気まづい空気感が嫌いだった自分は少し勇気をだしてその子に話しかけてみた、最初は挨拶から始まりそこから他愛もない会話を続けていた、そして話題が恋愛の方へと向いた(まぁ、お互いに思春期だろうからそのくらいの歳になると気になる話題ではある)、自分が「最近恋愛とかどうなの?」と聞くとその子は「ずっと好きだった子が居て告白したんだけど「女みたいな見た目してるのはちょっと無理だわ〜」って言われて振られた……」と言った、自分はその話を聞いて「(あぁ、この子”女の子”じゃないんだ。)」と知った。その時自分は「へぇー、そりゃあキツイなー。」と返した。そしてその子が「逆に(僕の名前)さんはどうなんですか?」と聞いてきた、僕は「うーん、ちょっと気になってる子なら居るよ〜。」と答えた、それに対しその子は「ほー、なんて人なの。名前だけでも教えてよ〜」と言ってきて、正直自分は少し小っ恥ずかしくなって居た…でもこの際だし言ってしまおうと思い少し間を空けて「実は、君なんだよ。」と答えた、そしたらその子は少し照れながら「そ、そうなんだ……へー。」とレスポンスを返した。そこから少し気まづい空間が出来ていた、ほんの少しだけ時間がたちチャイムが鳴った、その塾の完全下校チャイムみたいなものだ。少し気まづさを抱えたまま自分もその子も教室から出て勿論のことその子は家に帰った。
ソレから数日が経ち、その子とその塾の受付カウンター前で会ったのだ。そしてその時その子から自分に話しかけて来て「あの時の話って、本気なんですか?」と自分に聞いて来た、僕は「本気だよ」とだけ答えた、そうするとその子は「実は……………自分、”バイセクシュアル”なんです」と返し、続けて「(僕の本名)さんが好きなのなら、付き合います」と言ってくれた。彼なりに僕が言った事を深く考えてくれてそして至った答えなんだろうなと思った、自分は「ありがとう……宜しく、お願い。」と答え、自分とその子は付き合う事になった。そこから4,5ヶ月が経って、お互いの思いの違いや価値観の違いが出て来て、それが理由で別れてしまった…が今は友達として仲良くやっている。
と言うのが自分の経験談、というか前置きである。(余り作文が上手くない故、たどたどしい文になっているのはご愛嬌ということで。)

␣ここからが本題␣
性的マイノリティというものについて自分なりに考えてみた。男性が女性を愛す(もしくはその逆)、男性の身体には男性の心、女性の身体には女性の心、コレが俗に言う”普通”の人間。そしてLGBT……所謂男性が男性を愛す、女性が女性を愛す、身体は男性なんだけど心が女性、身体は女性なんだけど心が男性、コレが”性的マイノリティ”の人。
じゃあその”普通”の基準って何?日本という国は男性と女性が結婚し子供が出来るというローテーションが深く根強く刻まれた文化を持った国であると言える、なので必然的にそれに合わせた政治的政策や思考(施行)が成される訳だ。
個人的な意見としてはこう言った日本の文化は人の恋愛というものに対する自由や価値観を縛っていると思う、それと同時に男女が結婚しその結果産まれた子供を利益を生むことの出来る因子と見ているとも思える、そりゃあ子供が大人になって働けば国の経済を回すための駒のひとつになる、しかし同性同士では利益を回す駒である子供が出来ないことは周知の事実だ。だから男女間の結婚のみを許可する、ソレはあって当然の価値観だと思うし自分が政治家なら多分そうしていると思う。
だが、感情やモラル,愛の自由と言う面でみたらどうなるのか。当然そんな考え方や政治的政策,思考は許されないし排斥されるモノの対象となる、これもあって当然の感情だし価値観である。
だがしかし、この国では前者の男女間の結婚のみを許可すると言う政策が深く染み付いてしまっている。
じゃあどうすればいいのか。ソレは自分の価値観にもっと余裕を持たせることで解消されると思う、個々各々の”普通”という価値観の中にLGBTやソレに関連した生き方をしているも居るのだと言う考え方をプラスすれば多種多様な考え方や生き方が自信を持って出来るはずだ、受け容れるまで時間はかかるかもしれない、でも受け容れるその気持ちが大切なのである。
各国の政治の変化について。最近では様々な国がLGBTに対して深く考え、受け容れている。現在25カ国が認めており最近ではフィンランドやドイツでも認められるようになった。着々と”価値観の余裕”を持てる国が増えていっている!

␣最後に__私達がすべき事␣
まずは上記でも言ったように自分の価値観と心に余裕を持つ事が大切である、そして性的マイノリティやその関連の生き方をしている人を見た時に排斥から入るのではなく受け容れる事から入る事も大切。いつかマイノリティではなくそういう生き方も”普通”なんだと思える文化になるように、今は個々各々が価値観に余裕を持っていこう!

(文達では無いため、少々文法がおかしかったりしますがご了承ください)
※あくまでも個人的な意見や価値観です、全てがここに書いてある通りとは限りません。その点もご了承ください。

長々とここまで読んで頂きありがとうございます。